※加筆しました。
インターン生の相談に乗ることが多いわけですが
いっつも思うことが1つあります

たった1人で、与えらえた課題に必死になって取り組む姿
それってどうしてかなー?と

仕事をし始めるととっても良くわかりますが
1人でやれる仕事ってどんなに天才だとしてもしれていて
多くの仕事は誰かの力を借りながら片付けられている

でも、なぜか
“自分”にこだわってしまう
“自分”でやらなきゃいけないと思い込んでしまっている


で、そんなことを考えていた時に
“力”というイメージの違和感に出会う

コミュニケーション力、企画力
デザイン力、調整力、プレゼン力
たくさんの“力”を身に付けるとはどういうことか?と

「僕にはコミュニケーション力があります」
それは何によってはかられるだろう?

会話をしてみて
誰かとのやりとりを見てみて
営業に同行してみて

彼女とうまく話せる
友達とうまく話せる
同僚や上司とうまく話せる
取引先とうまく話せる

コミュニケーション力を測定しようと思うと
シーンを無視できないことは明らかで
力の測定は常に状況と隣り合わせだ

状況に埋め込まれていると言っていい

そう考えるならば
“力”は個人の中に固定的に存在しているものではなく
“力”は関係性の中に埋め込まれていると考えるほうがしっくりくる

共に仕事をするパートナーが変われば
発揮できるパフォーマンス(=つまり、力)は変化する

扱うテーマやリソースが変われば
やはり、生み出せるパフォーマンスが変化する

つまり、自分の力を最大化させるということは
最大化する関係性を築くということに他ならない


「あいつは能力がない」
もし、そういう言葉を上司として口に出しているとしたら
そっくりそのまま自分にかえってくる。これは逆もしかり

上司と部下との関係性において
力が発揮されていないと捉えたほうが良いのではと思う(自戒もこめて)

上司としての能力、部下としての能力は
それぞれに内在しているものではなく、二人の関係性に埋め込まれている

こう考えてみたときに
自分自身のマネジメントに対して新しい視点がうまれる




Q、今の個人への評価を関係性にあてはめたときに、どんな視点が見いだせるだろうか?